東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)317号 判決 1984年10月30日
原告
ブラザー工業株式会社
被告
特許庁長官
右当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が同庁昭和55年審判第1941号事件について昭和55年9月16日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「コンデンサスイツチ」とする第791672号特許権(以下、この特許を「本件特許」という。)の特許権者であるところ、昭和55年2月18日、右特許の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載、すなわち、「プリント基板上に配置された1次及び2次の電極板と、該両電極板と一定間隙を有して平行に、且つ該両電極板にまたがつて対向配置された制御電極板と、押圧操作部及びその押圧操作部を上方に向つて押圧するための弾性体よりなり前記制御電極板を移動可能にする操作手段とを有し、前記操作手段を操作して前記制御電極板を移動させることにより前記1次電極板と2次電極板との間の容量性結合度を変化させ、スイツチング動作を行うことを特徴とするコンデンサスイツチ。」
とあるを、
「送信側となる単一の1次電極板と、受信側となる単一の2次電極板と、該両電極板と一定間隔を有して平行に、且つ該両電極板にまたがつて対向配置された制御電極板と、押圧操作部及びその押圧を上方に向つて押圧するための弾性体よりなり前記制御電極板を移動可能にする操作手段とを1構成単位とし、各構成単位の1次及び2次の電極板が同一プリント基板上にプリント形成されるとともに、それらのための配線が全て該プリント基板の表裏両面にプリント形成され、更に、同一プリント基板上に形成された他の構成単位との間で1次、2次の電極板のいずれか一方同志が互に同一平面上で連結されており、各構成単位の操作手段を操作して前記制御電極板を移動させることにより前記1次電極板と2次電極板との間の容量性結合度を変化させて、両者の間の信号伝達を行うことを特徴とするコンデンサスイツチ。」
と訂正すること、及び発明の詳細な説明中に1文字を追加訂正することについて審判を求め、右事件は特許庁昭和55年審判第1941号として審理されたが、特許庁は昭和55年9月16日、右審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は同月29日原告に送達された。
2 本件審決の理由の要点
請求人は、本件訂正は特許請求の範囲の減縮であつて、特許請求の範囲を実質的に変更するものではない旨主張する。
そこで、検討するに、1個のスイツチとしての構成とこれを有機的に結合したスイツチ装置とでは、後者は前者に対して特許請求の範囲の減縮になつてはいるが、両者は発明の対象として別異のものである。
してみれば、請求に係る訂正は、特許請求の範囲を実質的に変更するものにほかならず、特許法第126条第2項の規定に違反しているから、許されない。
3 本件審決の取消事由
訂正審判請求の対象たる本件特許発明(以下「請求前の本件特許発明」という。)の明細書の特許請求の範囲の記載から明らかなように、請求前の本件特許発明は、「プリント基板上に平面的に1次、2次の電極板を配置すること、この1次、2次の電極板の上方で両者のと平行に、両者にまたがって制御電極板を配置すること、この制御電極板を操作するための特定構造を有する操作体を有するコンデンサスイツチ」を基本的な構成要件とするものである。そうであるからこそ、明細書においても、基本的構成要件からなるスイツチング単位が単数であるか、複数であるか、相互間の連絡はどのようにされているか等は、すべて実施態様として記載されているのである。
ところで、原告は、本件訂正審判請求によつて、本件特許発明の特許請求の範囲を右に述べたような基本構造をもつスイツチ構成を、プリント基板上において、(イ)複数個備えること、(ロ)配線が全てプリント基板の表裏両面にプリント形成されること、(ハ)1次、2次の電極板のいずれか一方同志が互に同一平面上で連結されていることを要旨とするように訂正することについて審判を求めているものである。この訂正が請求前の本件特許発明の特許請求の範囲を実質的に変更するものであるかどうかをみると、本件訂正審判請求は、請求前の特許請求の範囲の記載に引続いて、「において、1次、2次電極板のいずれか一方が同一構成の別のスイッチの同一電極板と連結されていること」という記載を追加するように訂正することを求めたのと同じである。これを端的にいえば訂正審判請求後の本件特許発明(以下「請求後の本件特許発明」という。)は、請求前の本件特許発明の前記基本構成における電極板の1つに対して、常時別の電極板を結ぶ連絡肢を設けたということにほかならず、しかもこのような連絡肢の付加によつて、請求前の本件特許発明の特許請求の範囲に記載されたコンデンサスイツチの本来の機能に変化をきたすものでないことも明らかである。
以上のとおり、請求後の本件特許発明の特許請求の範囲は、請求前の本件特許発明の特許請求の範囲に記載された内容をそのまま具備しているのであつて、前者を実質的に変更するものではない。
第3被告の陳述
1 請求の原因1、2の事実は、いずれも認める。
2 同3の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。原告は、連絡肢の付加によつてコンデンサスイツチの本来の機能に変化をきたさないと主張するが、請求後の本件特許発明の特許請求の範囲は、請求前の特許請求の範囲記載のコンデンサスイツチを構成単位とするものであるから、請求前のコンデンサスイツチと請求後の構成単位であるコンデンサスイツチとを比較すれば、そのスイツチ機能に変化がないことは当然である。
しかし、連絡肢の付加は、構成単位間で、1次電極板同志が接続されることと、2次電極板同志が接続されることの2つのケースを意味するから、前のケースでは、連結された1次電極板から電流が、各構成単位の操作手段の操作により、各構成単位の2次電極板すなわち複数出力端に分配されることになり、後のケースでは、各構成単位の1次電極板すなわち複数入力端から、各構成単位の操作手段の操作により、連結された2次電極板に収集されることになる。このように、連絡肢の付加された請求後の特許請求の範囲記載のものは、電流を複数出力端に分配する機能あるいは複数入力端から電流を収集する機能を有するものであり、単に電流を断続するという請求前の特許請求の範囲記載のスイツチとは異なる機能を有するものである。
以上のとおり、本件特許発明に連絡肢を付加することにより、特許請求の範囲の内容が単に電流を断続するにすぎない素子から、電流分配装置あるいは電流収集装置ともいうべきものに変るのであるから、本件訂正は実質上特許請求の範囲を変更するものといわざるをえない。
第4証拠関係
記録中の該当欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1 請求の原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて判断する。
前記当事者間に争いのない請求前及び請求後の本件特許発明の明細書の特許請求の範囲の記載に成立について争いのない甲第2、第3号証を綜合すると、請求前の本件特許発明の特許請求の範囲の記載からは、本件特許発明は、「操作手段を操作して制御電極板を移動させることにより、プリント基板上に配置された1次電極板と2次電極板との間の容量性結合度を変化させてスイツチング動作を行う」という単に電流の断続を行うスイツチに関するものであること、これに対し、原告は本件訂正審判請求により右特許請求の範囲の記載を、前記単一のスイツチを構成単位としこれを複数備え、各構成単位の1次及び2次の電極板が同一プリント基板上にプリント形成されるとともに、それらのための配線が全て該プリント基板の表裏両面にプリント形成され、更に、同一プリント基板上に形成された他の構成単位との間で、1次、2次の電極板のいずれか一方同志が互に同一平面上で連結されており、各構成単位の操作手段を操作して制御電極板を移動させることにより1次電極板と2次電極板との間の容量性結合度を変化させて、両者間の信号伝達を行うスイツチ装置に変更しようとするものであり、かかる装置は、1次電極同志が連結されたときは、電流を複数出力端(各構成単位の2次電極板)に分配する作用を有し、2次電極板同志が連結されたときは、電流を複数入力端(各構成単位の1次電極板)から収集する作用を有するものであると認めることができる。
右のように原告の本件訂正審判請求は、電流の断続を行うにすぎない単一のスイツチに関する本件特許発明を、そのようなスイツチの複数個を有機的に結合して電流の分配又は収集の作用をももつようなスイツチ装置にするように訂正することを求めるものであり、請求前の特許請求の範囲と請求後の特許請求の範囲とは発明の対象を異にするというべきであつて、本件訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものであり、これと同趣旨にでた審決の判断に誤りはない。
原告は、請求前の本件特許発明は、「プリント基板上に平面的に1次、2次の電極板を配置すること、この1次、2次の電極板の上方で両者と平行に、両者にまたがつて制御電極板を配置すること、この制御電極板を操作するための特定構造を有する操作体を有するコンデンサスイツチ」を基本的な構成要件とするものであるところ、本件訂正審判請求は、請求前の本件特許発明の右のような基本構成における電極板の1つに対して常時別の電極板を結ぶ連絡肢を設けたというだけのことにすぎず、しかもこのような連絡肢の付加によつて、コンデンサスイツチの本来の機能に変化をきたすものではなく、請求後の本件特許発明の特許請求の範囲は請求前の本件特許発明の特許請求の範囲に記載された内容をそのまま具備しているから、本件訂正は実質上特許請求の範囲を変更するものではない旨主張する。
しかし、請求前の本件特許発明の特許請求の範囲で示された本件特許発明の基本的な構成要件がどのようなものであるとしても、また、原告が求めた訂正が、審決のいうように、請求前の本件特許発明の特許請求の範囲の減縮にあたるとしても、前に説明したところから明らかなように、電流の断続を行うにすぎない単一のスイツチに関する特許請求の範囲を、これを複数個備えたスイツチ装置と訂正することは、用語はいずれも「コンデンサスイツチ」となつてはいても、特許請求の範囲を実質的に変更するものであるといわざるを得ない。
原告の主張は理由がない。
3 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(高林克巳 杉山伸顕 八田秀夫)